2011年

2011年は近年になく動きがある年でした。


1~4月はインドネシア案件でジャカルタ詣で。地震の時も在ジャカルタでした。


5月~7月は韓国案件でソウルを行ったり来たり。近過ぎて、逆に疲れる。


8月は今の会社から内定が出た。産婦人科の付き添いの帰りにエージェントからメールが入っていて、「え~、マジか?」と戸惑い。実はそこまで希望していなかったが・・・一度会って、話を聞くと三顧の礼的な扱いだったので、色々考えた末、決断。


9月は出産! なんといってもこれが一番でしたね。妻はよく頑張ってムチャクチャ可愛いのを産んでくれた。ありがとう。ホント、母体って凄い。どこから来たんだろうな、この子は?


10月は転職。意外と・・・そこまでダメな感じの会社ではなく、上手く転べば伸びるのではと感じています。


11月はブラジル出張。初の南米上陸。


・・・と色々刺激的でした。自分も含めて家族もみんな元気だし、よかったです。

なんとか職場にも馴染んで、いくつかアウトプットも出せています。

今は会社を変えられるポジションにいると思うので、成果を出したい。
まあ、この調子で2012年も色々と活発に動ければと思います。

しかし、早く喋らないかな~、赤ちゃん。


 

2011年読書トップ10

今年読んだ本は90冊でした。僅か100冊に届かず。。。
その中でのトップ10は以下です。結構SFが多かったかな。

◆10位: 沙高樓綺譚 浅田次郎
これは秘密の集まりで、会員メンバーが各々胸に抱えてきた秘密のエピソードを話すというもの。
笑えないスベらない話というか、日本刀、ガーデニング、演劇などなど浅田次郎の薀蓄交えたストーリテリングが絶妙。


9位: 成功するグローバルM&A 松田千恵子
如何にしてM&Aを成功させるのか、大企業のM&A責任者に問うた一冊。インタビュー形式で他社のことが知れる稀有な作品。

今の仕事上、考えどころが多く、実務家として興味深く読みました。


8位: ビジネスで失敗する人の10の法則 ドナルド・キーオ
コカコーラの元経営者が記した経営でやってはならないこと集。

これで少しでもマネジメントの視点に近付ければ・・・と思いました。


7位: Hot Pepper ミラクルストーリー 平尾勇司
分析して、仕組みを作って、人を動かして、成果を出す。

魂の入ったHot Pepperというビジネスモデルの動かし方。

なかなか机上のお絵描きだけでは物事は進みませんからね・・・、そこをどう打破するのかという意味で勉強になります。


6位: キュレーションの時代 佐々木俊尚
フェイスブック、Twitterの意味は、「視座の共有」。

今の時代の空気を語る一冊。自分がどういう時代にいるかということには関心を持ち続けたい。


5位: プロフェッショナルコンサルティング 波頭亮/冨山和彦
大物コンサルタントが語るコンサルティングってなんだろう?的な話。

コンサルとしての在り方、プライドを考えさせられる。

前職の総括的に読みました。


4位: ジェノサイド 高野和明
コンゴで密命を帯びた特殊部隊工作員と、創薬に向けて化合物合成を繰り返す薬学生、ホワイトハウスの陰謀・・・一見リンクしなそうな複数のプロットが交わる物語の妙。映画よりもよっぽど面白いよく出来たお話です。


3位: 采配 落合博満
今までダンマリを決め込んでいた落合の言葉に溢れた一冊。

原監督は選手を子供扱いして叱咤激励するが、落合監督は選手をプロフェッシェナルとして扱い、最大限のパフォーマンスを引き出す。

そのために何を監督時代の8年間にしてきたのか。そういうことが書かれています。


2位: 旅のラゴス 筒井康隆
ちょっとした超能力が存在する、科学が大きく消失した世界。そんな世界を旅する男が数多の経験を経て老成していく物語。

個々のエピソードも特異ながらもスペクタクルというほどでもなく、ちょっとした小話程度で、それがこの一冊に落ち着きをもたらしている。

読み終わってホッとする不思議な一冊でした。


1位: 時砂の王 小川一水

SFというのは、どんな荒唐無稽な設定も許される。その世界観を眺めるという俯瞰的な視点がダイナミックな気分を味わえる。そういった物語は個人の視点・・・人間ドラマが抜けがちだが、この一冊はそれを両立させている。

時空を超えて人類を侵攻する機械軍とそれを阻む人類が開発した超生命体。これだけだと、陳腐に聞こえるが、丁寧に構築された世界観と読後の爽快感はボクの今年の一番の一冊にふさわしい。



番外編としては、漫画「キングダム」も面白かったです。秦の始皇帝の中華統一をモチーフにしたもので、キャラクターが立ってるし、絵も上手い。「嘘喰い」といい、ヤンジャンっていいマンガ揃えてるなと。

2012年も良い本に出逢えればなと思います。 Ω

ニッポン侵略作戦

前のブログで書いた自分で買収先を見つけて、買収して、乗り込もうという話。

一つ考えているのが、アジア一帯の人材派遣会社の買収。
いわゆるオペレーター的な人材の派遣ではない。
れっきとしたホワイトカラーの派遣・・・というか人材紹介かな。

何をやりたいかというと、日本人ホワイトカラーをシャッフルしてはどうかと考えている。




現状、ビジネスプロセスアウトソーシングということで、単純な伝票処理やらの事務作業を中国へ委託するというオペレーションは当たり前というか古いものになっている。

ご本社様のホワイトカラーたちはより付加価値の高い仕事に集中と。

ただ、なんだ、このホワイトカラー達が付加価値の高い仕事をするケイパビリティがあるのかは分からない。

いっそのこと、この部分も中国やインドから優秀なエリートを連れてきて、働いてもらったらいいんじゃないかと思う。

そういう人達って、日本語ができないかも? いやいや、そこは日本企業も変わりつつある。

ユニクロや楽天は、英語がある程度デキないと昇格できないっていうじゃないですか。

日本市場がシュリンクする中、最低限、コミュニケーションの面で日本外の市場に飛び出せるだけの力が求められるわけで・・・極端な話、社内の第一言語が英語になると、モノリンガル・・・つまり日本語しか出来ない部下と英語と中国語が出来るチャイニーズの取捨選択なんていう話も出てくるわけです。

そうなってくると、日本で働いてみたいという海外からの人材が増えれば増えるだけ、社内での競争はグローバルな人種間で繰り広げられるものになる。

本来外国人が持っていた語学のネックが消えれば、後は能力 対 能力の勝負になる。
まあ、コミュニケーションが英語中心になると、その瞬間、淘汰される人達も出てきて、むしろ不利になる日本人も増えるでしょう。

そうなった方が、日本企業の競争力も増すんじゃなかろうか?

優秀な外国人が日本人ホワイトカラーのポジションを奪う。
或いは、そうした外国人の脅威によりポテンシャルが引き出される日本人もいるだろう。

そして、こうした外国人を日本に派遣するエージェント会社が人材供給基地となる各国にあってもいいんじゃないかと思う。

日本の人材派遣会社がそういうことをしたら、ちょっとしたパラダイムシフトで面白いと思う。

地震のリスクとか、就労ビザの問題とか色々あるだろうが、まあ、それは後から突破口を考えるとして・・・
日本人だけで人材の流動化を構成するよりは、外国人も入れた方が面白い化学変化が起きるんじゃないかと思いました。

というか遅からず、そういう時代が来るんじゃないかと思う。
というか若年層の労働力は足りないので、波はいつか来ざるえないんじゃないかと思いマス。   Ω

自分で見つけて、買収して、経営する

前に一緒に仕事させて頂いたクライアントの方で興味深いキャリアのアプローチに出遭った。

 

タイトルにある通り、自ら企業選定・・・ターゲットスクリーニングに関与して、

とある海外企業を買収して、

そして、そこにコアメンバーの一人として赴く。

 

うーん、なんという前向きなキャリア。

 

しかもボクと同年代。

 

面白いのは、このヒトは買収前から自分で組織表なんかも作っていて、自分のポストも勝手に作って、実際にそのポストに異動しているのだから、つくづく行動力があるなと感心。

 

このクライアントは、日本有数の超大手企業。

 

この手の企業での若手の機会創出は、通常は限定的なのだが、自ら動き、機会を創り出したという点でよくよく見習わないとなあと思いました。

 

まあ、思うのは、自ら力強い歩みで邁進する人を誰も停めやしないということだ。

 

明らかに間違った歩みならともかく、正しい確率7割・・・いや5割ぐらいで正しそうという感じなら、信念を持ったヤツが勝つ!

 

そう、答えが合ってるかもしれない率が5割ぐらいでの反論には、代替案が伴うべきで・・・単に案件を潰そうとする人間に代替案は無い。そういうわけでこのクライアントも何度も買収断念のリスクを凌ぎつつ、信念で突き進んだ。

 

この人の言葉で印象に残っているコトバ。

「大変じゃなければ仕事じゃない」

「どうしましょうか?と言っている暇があったら行動する」

 

前向きなフレーズ。

 

仕事だけど、仕事以上の想いを感じたこの一件は、「やってよかったなあ」と思える案件でした。

 

コンサルのクライアントというのは、企業なわけだが、最後はヒトなわけで、人が人をサポートして得られる充実感というのは、アドバイザー冥利に尽きる。

 

そして、自分自身、次のステージを選ぶとしたら、このクライアントさんのようなステージを創り出せるところだなと心に刻みました。  Ω

異文化コミュニケーションのコツと秘訣

今日は、とある関係の深いクライアントを訪問。


案件紹介的な話。

日本からは遠い遠い国の案件。

しかし、さすがデロイト。拠点があり、デリバリーは出来そう。

プロジェクトがスムーズに受注できればよいが・・・。

 

しかし、こうして色々な国の案件に絡めるというのは幸せなことだなあと思う。

 

仕事的には、かれこれ40ヶ国近くの人達と仕事をしてきたが、結局、相手とコミュニケーションを成立させるのに重要なのは一つしか無い。

 

それは、相手に「分かり易いこと」。つまり本質的であること。

 

仕事上の関係とは、基本的には、友人関係よりもビジネスパーソンとしての関係が先立つ間柄。

ビジネスライク・・・ということは、そこに存在するのは、まずはGive & Take.

互いが互いを生存のために利用し合う自然の摂理。

 

その関係を成立させる際のボトルネックは、分かり難さ。

こいつの意図・目的はなんなんだ、こいつは何を求めているのか、こいつの求めに応じて何が得られるのか・・・

それが明確で無い限りは、相手との関係は築けない。

誰もが、訳の分からないヤツに付き合うほど暇じゃないということ。

 

常にクリアカットであることが重要。

その中で押して、引いて、押して、引いて・・・を繰り返して物事を進めて行く。

 

押すというのは、自分の意思を相手に貫く強さ。

引くというのは、相手の立場を慮る誠実さ。

 

前の会社で、何度か見たが、「俺が本社だ。だから言うことを聞け!」という海外の子会社に対するスタンス。

まあ、確かにその通りなんだが、これは禁じ手。使ったが最期・・・人心は離れる。

その場はそれで収まるかもしれないが、後でしっぺ返しを食らう。

 

しっぺ返しというのは、「俺が本社だ」と言った人間の上司に子会社の社長クラスからチクられる。

「あいつ、どうかしてるぞ」と。

自分のちょく上の上司ならば、事前に相談してるだろうから大丈夫かもしれないが、上の上の役員クラスにチクられたら、

いくら正しいことをしていたとしても、何らかのバッテンがついてしまうだろう。

「ヤツは、海外を上手くコントロールできてないようだ」と。

 

そういうわけでこの兼ね合いが難しい。

 

逆に海外に寄り添い過ぎても「ヤツはなめられとるな」となるわけで・・・


そんなわけで、それなりにケジメは大事にしながらも、敵にはせず、味方としてコラボをしていくという話です。

 

後、Too diplomatic だと相手から嫌われる。

Diplomaticというのは、「政治的」というか、自分の公的な立場からしか意見を言わないスタンス。本音が分からん的な。

ハードネゴなら有効だが、ハードネゴをしない相手となると、まあ、個人としてはこう思うんだ!とちゃんと本音を伝えて誠実に接することが重要かと。

 

ということで、外人とのコミュニケーションは、あ、うんの呼吸ではなく、分かり易いロジックと押して引いてのバランスが混在しているので、ややこしいと言えばややこしい。

かつ、全て、片方が母国語じゃないので、相手のメッセージが伝わらない、こちらのメッセージが伝わらないという別の壁もある。

 

簿妙な舵取りが必要だよなあ・・・と思います。

ボク自身も、海外の面子とのコミュニケーションは何度も冷や水を浴びせられてきたので、よく分かる。

 

 

まあ、しかし、結局は目には目を、歯には歯を、スマイルにはスマイルを・・・だと思います。

重要なのは、相手に対するリスペクトだよなあ。そこがあれば、相手もリスペクトを返してくれる。

 

こだまでしょうか、いいえ、誰でも。 Ω

なぜ、あの人は出張先でヘビーな体調にならないのか?

海外出張では体調を壊すリスクが高い。

長時間の移動や緊張、普段と異なるリズムなど色々な理由があると思うが、

言えるのは貴重な出張中に倒れるのは、仕事的にやばいでしょうということ。

 

そうは言いつつも、最近多かったジャカルタ出張ではウチのメンバーやクライアントも結構体調を崩していたと思う。

 

ボクも昔は海外出張で微妙に体調を崩すことが多かったのだが、最近はその頻度も少なくなっている。

が、油断すると危ない。

 

そういうわけで、ボクが最近心掛けている出張先での体調不良を回避する術を紹介したいと思う(といっても裏技は無いですが)。

 

■時差ぼけ対策

アメリカかヨーロッパでネックになる話ですね。あまり技は無い。

ボクの場合は、現地時間に合うように、ひたする機内で起きているか、寝ているか。

アメリカに行く時はひたすら寝ていることが多いですかね。

ヨーロッパに行く時は逆に起きている感じ。

まあ、機内で仕事をしたいとか映画を観たいとか色々あると思うが、寝る時間帯の設計からまずは入るというところ。

寝る時間さえ調整すればいいので、簡単な調整方法である。

 

 

■寒暖対策

熱帯アジア圏での対策。

シンガポールやインドネシアなどは、外は暑くて、中は寒い。

どういう神経なのかというほど、クーラーの効きが激しい。そういうわけで、中で羽織るものを準備するのは必須ですね。

この寒暖差で体調がやられる人は多いと思います。

 

 

■不動心

海外では、日本と同じように事が進むことは無いので、何が起きても動じない、気にしない。

特にロジスティクスは、日本の水準が最高峰なので、まあ、その水準を求めるのは諦めた方がいいでしょう。

トラブルは、それはそれとしておくという鈍感さがストレスの蓄積を阻む。

 

 

■リズム

不動心と絡むが、ストレスフリーになるためには、なるべく早期に自分のリズムを作ることが欠かせない。

出来るだけ、想定内の輪にいるということですね。

朝食に食べるものは同じものとか。飲み物は必ずコーラとか。

ボクはなるべくルーティンを守るようにして、自分の心を守っています。

想定外が積み重なると疲れてくるので、こういうケアは大事。

 

ただ、食べ物系は限定し過ぎてしまうとつまらないので、飲み物だけは最低限、気をつけるぐらいのイメージです。

 

 

■出発前のコンディショニング

出張前に準備で頑張り過ぎちゃってスタミナマイナス状態で出発というのもよくある話。

出張前は無理せず、スタミナを満タンにして臨むことが大事ですね。

ボクは大抵、飛行機搭乗前に体力補充の栄養ドリンクを飲んでいます。

 

 

まあ、体調管理はプロとしては最低限の仕事ですよね。  Ω

「カズは持ってる」という名の思考停止

「やっぱ、カズは持ってるよ」

・・・「持ってる」・・・というフレーズはここ1年ぐらいでよく聞くキャッチーな言葉ですが、キャッチーなだけに、考えることを止めさせてしまうだけの力があります。

つまり、「あいつは持ってる」と表現するだけで、彼・彼女の実力の裏側にある何かが葬り去られ、「最初からなにか凄い授かり物をしていて、そのお陰ですごい」というように、全てが片付けられてしまうように感じてしまう。

すごく分かり易い言葉だけに、それだけで分かった気になってしまう、考えが深まらない・・・そんなことはなかろうか? 

確かにすごく便利な表現ではあるのだが、職業柄、言葉の使い方に翻弄されている身としては気になる。


後、日常で気になる言葉といえば、「難しい」というフレーズ。

ボクはこの言葉を努めて言わないようにしている。
コンサルタントとしては、それを言ってしまってはお終いだと認識している。

大抵、お客さんから戴く「お題」は、一様に「難しい」問題ばかりだ。
お客さんが解けないからこそ、仕事がもらえるということで、それが難しいのは当たり前。

そんな毒にも薬にもならない感想を述べている時間があったら、一瞬でも長く脳みそに汗をかいていた方がよほどいい。

まあ、「難しい」と呟いたからといって、問題解決を放棄しているわけではないのだが、ただ、この言葉は無意識的にExcuseになりうる。
「とってもとっても難しい問題だから解けなくていいや」・・・そう考えてしまう自分が出てきそうで怖い。
チームの雰囲気が知らず知らずの内にそういう方向に進みそうで危ない。

こうした言葉は、物凄い力で浮遊する風船のようなもので、一度口から出てしまうと、一気に自分を「思考停止」という成層圏へつれていかれそうな感じがする。


ところで、この「持ってる」問題を考えて、気付いたことがある。

それはスポーツ選手で「持ってる」と言われている選手、それぞれ、必ずしも最初から「持ってる」と言われていたわけではないということだ。

例えばイチロー。高校生の時の打率は5割超。確かにこの時から優れていたのだが、甲子園では1、2回戦負け。そしてドラフト5位。一軍では「打ち方を変えるか、二軍に行くか?」で二軍に。

例えばキングカズ。ブラジルからの逆輸入という形で日本サッカーに殴り込んできたが、ブラジルに行くまでは? 無名。成功してからもワールドカップメンバーからの選考漏れ。

例えばロシアの本田。ガンバのユースには進めず、泣く泣く星陵高校のサッカー部へ。その後は海外移籍するもオランダの二部でプレー。

 

彼らは自らの信念と共に地を這いずり回った末に現在の高みに至っている。

 

確かに何かを「持っている」と言えるが、それは言葉を変えれば、苦心惨憺の上に、何かを「手に入れてきた」とも言える。

そして、その「何か」というのは、人が期待する場面で最良の結果を導き出せる技術・・・そして、それは最初から持っていたわけではなく、強い信念に基づいて形成され、鍛錬されたものなのである。

 

まあ、ともあれ、技術だけではなくパーソナリティも優れていることは確か。

 

 

カズに関して、俊輔が残したコメントが物語っているだろう。

「(ゴールを決めた)カズさんは一番そういう気持ちがあるから ああいうプレーになると思う。あそこにボールが転がってくるし、仲間もあそこにパスを出す。ご飯食べる時も、いろいろな選手に話し掛けたりしていたし、プレーもそうだけど、人間性が素晴らしいんだと思う」

 

 

技術、信念、パーソナリティ・・・こうしたものが重なって、その選手の「雰囲気」なり「オーラ」を作り、そして最高の場面で結果を残し、人に「持ってる」と言わしめるのだろう。

言い方を変えると、その結果で人は思考停止に陥らされて、単純に「持ってる」という表現しか使えなくなるのだとも言える。  Ω

 







赤い彗星のジレンマ

「ガンダムが教えてくれたこと」AMZON LINKに興味深いことが書いてありました。

この一冊、ガンダムの中の人間模様から、組織運営や人材育成についての示唆を得るというもので、即座に理解できる事例を引用しているだけに読み易い。

その中で興味にをひいたのが「赤い彗星のジレンマ」というシンドローム。

これは、どういうことかというと、成長が停滞し、かつ意思決定の質が悪くなる状態を指している。まあ、成長を続けるアムロにやられまくるストーリー後半のシャア大佐というわけです。

どういうことが起きているかというと、この本では、人間の「学び」の活動期には大きく分けて2つあると定義している。

それは、「学習期」と「実践期」。

基礎的なことを中心に、インプットを続けるのが前者。
そうして得られたインプットを基に成果を出していくのが「実践期」。

そして、人間心理としては、学習期に頑張った分だけ、実践期は続いて欲しいと願うもの。刈り取りの時期は長ければ長いほど良いということです。

但し、ここで問題が。時と場合によっては、この学習期で得たものが陳腐化してしまい、実践期が来ない・・・つまり新しい学習期が必要なタイミングが来るということです。

そして最悪な結果なのは、この新たな学習期の到来を認識できず、古いノウハウで現状に臨み、撃沈。「こんなはずでは・・・」という結果に終わるという話。

まさに物語後期のシャアは、ガンダムという最新鋭のモビルスーツの出現による外部環境の変化に伴う新たな学習期に気付かず、ガンダムに作戦を阻まれ続けたのです。

結局、シャアは過去の成功体験や自分の能力を過信してしまったということですね。

翻って、これを自分に当て嵌めると、そうなっていないかと自己自問する必要があるわけです。

コンサルタントは、自分の感覚的に正しいものしかお客さんに助言してはならないと思っているのだが、果たして、その自分の感覚とやらが、思い込みに過ぎないのか、最近のトレンドに沿っているのか、踏まえるべき原理原則に固執すべきなのか、そういうところを常に意識して自分の考えや立ち位置を修正しないと、すぐに「赤い彗星のジレンマ」状態に陥るリスクがあると感じている。

とりあえず、ボクがクライアントだったら、「赤い彗星のジレンマ」状態のコンサルタントからは必敗のアウトプットしか出てこないので、勘弁願いたいと思う。そういうコンサルは必然的に信頼を失い、仕事が上手くいかないサイクルに入ってしまう。

というわけで、今、自分が直面しているのは「新たな学習期」なのか「収穫が容易な実践期」なのかを明確に把握する必要がある。

うーん、まあ、しかし、いつも「学習期」状態を強いられている気がしますね。

効率的に仕事をするには、どんだけ上手く「実践期」に持ち込むのか・・・というのも重要な能力ですな。自分の中の引き出しが多いと、引き出し同士を組み合わせて、そういう状況に持ち込めると思うんだよな。  Ω

感覚的なもの

「踊る北の大地」 稲葉篤紀(日本ハムファイターズ)著
を読みました。AMAZON LINK

稲葉の誠実さが伝わる好感が持てる一冊。
また日ハム関連の書籍が少ない中で、チームの生情報を描いた貴重な一冊ともいえる。

日ハムは、プロ野球チームの中でも、うまいことチームを運営している方だと思う。そのため、日ハムの秘密に迫るものは興味をそそられる。

日ハムの選手のスカウティングや育成はシステムが整備されているらしく、ドラフト1位を選ぶ時は独自システムで数値化した中でトップ評価の選手を選んでいるらしい(まあ、そういう話は稲葉の本には書いてないけど)。

ともかく稲葉の一冊から興味深い話がいくつか抜き出してみる。

まずは、感覚を鋭くする話。
イチローの話が出てくるのだが、彼はホームラン談話でこんなことを言っているらしい。

「ピッチャーが投げた瞬間、自分がホームランを打つのがわかった」

うーん、含蓄があるコメントですな。
感覚と、自分の運動の結果が見事に連動しているというか・・・。

プロたる者、こうした超常的な感覚を備えていて然るべきだと思う。

皆さんも仕事をしていて、「ん、これはなんかやばそうだ」と直感的なものが働く瞬間があると思う。理由は分からないけど、酷い違和感がある状態。

仕事をして何十年にもなるベテランと新人の差はそういったところにあるんだと思う。ベテランは肌感覚で何か悪い結果なり良い結果が出る状況を感知していて、それが違和感なりになって体感されるのだと思う。

もちろん、経験が浅くてもそういう感覚を持っている人もいるだろう。
つまり、それが「彼・彼女はセンスがある」或いは今風で言うと「持ってる」という形容詞に繋がるのだと思います。

こうした勘に近いものは、暗黙知だし、分かり難いものだけど、差が出る部分ですね。


もう一つ、面白かったのは打線の話。

2009年の日ハム打線は繋がりがよかったのだが、全員が次の打者につなぐ意識を持って、チームとして相手投手にプレッシャーを掛けていたのだ。そうして、相手投手は、日ハム打線の作るうねりのような「流れ」に呑み込まれてつるべ打ちにあう。

恐らく、日ハム打線と対峙する投手は、個人と対決するというよりは「チーム」という個よりも巨大な存在と戦っているような印象を受けただろう。

これも個人がチームの一部としての意識を持っていないと発現しないのだと思う。というか、目的に対する目線が同じということか。全員が同じゴールを持つことで、個の力がそのゴールに集約される。

個の生み出すプロセスが束になり、エネルギーになるということか。

これって仕事の世界でどう編み出されるのだろうか? 

やっぱりまずは個々人が高い能力と目的意識を持つんだろうな。

優れたリーダーが、「あれやれ」「これやれ」と言っていても、結局はリーダーの器以上のパフォーマンスが出ない。いや、手足となっているのは指示を出しているリーダー以上のものではないから、リーダーの劣化版か。

そこが、自ら流れを作れる優れた個であれば、お互いの作る流れが相乗効果となるだろう。

まあ、しかし、実際問題、個が独自にそれぞれ最適な行動を取るということはそうそう無く、やはり対話が必要なんだろう。
しかもその対話は一方通行ではなく、互いに持つ違和感をぶつけあって、互いの考えを統合・発展させるものなのだと思う。

哲学用語でいうところの「アウフヘーベン」というヤツです。

そういう観点で考えると、チームメンバーの構成というのはなるべくバラエティに富んだ・・・いわゆる互いに違和感を持ってしまうぐらいの感じが、よりアウフヘーベンを生み出し易くていいんだと思います。

以上稲葉本から考え付いたことでした。  Ω

変哲の無い日常というピース

壊れた。地震で。何の変哲の無い日常が。
これは、被災地の人達に少なからず去来している感情ではないだろうか。

あの日、失ってしまった家族、友人にもっと優しくしておけば・・・あれが最期の言葉だったなんて・・・明日も会えると思ってたのに・・・そう後悔している人は何人いるだろうか。

小さな日常の悩みにチクチクと悩まされていた日々が、ものすごく美しく感じている人はどれだけいるのだろうか。

・・・

東京に住んでいる人も、少なからず平穏な日常が失われている毎日ではあるが、それでも大した変化ではないように思う。
少なくともボクの日常の登場人物には、まったくの変化はないし、フツーに仕事している日常はとても恵まれていると思う。

こうして、破壊的な被害状況を網膜が映している中、「普通の毎日」って一番の幸せだったんだなあと感じます。


ふと思い出されるのが、高校の英語の授業の必修図書だった一冊・・・
"Our town" である。
邦題: 「わが町」 Amazon Link

ストーリーは、何の変哲も無い高校生が、普通に悩み、成長し、
最期は中高年ぐらいで死んでしまうのだが・・・
幽霊になって自分の葬式を眺めて、「いつも会っていた人に会えなくなる。あの平凡な日常は美しかった」と自分の人生の価値に気付くという話です。

まあ、ストーリーを知ったからといって困る話ではなく、
また戯曲仕立てで読み易い。

ただ、絶対に心に響く。日本語で十分。

こんな日常だからこそ、ぜひ一読を。


東京での生活は生活で、若干不便にはなっているといのは大半の人が同意すると思うけど、実は東京の状況は他の国の人には共感してもらえないんだよな。

まず電車。ダイヤが読めないとか、満員とか・・・たぶん他国の人はわからんだろうな~。
他の国じゃあ、ダイヤは乱れるもんだし、電車っていうか車でしょ?って話だろうなあ。

車という意味では、道はさほど混んでないしなあ。
渋滞は、いつものジャカルタの方が遥かに悲惨だし。

停電・・・といってもインドネシアは基本的に電力不足・・・

放射能汚染水・・・ていうか水道水なんて元々飲めないし・・・という国は多い。
ドイツですらそうだったわけだし。
ヨーロッパって喫茶店行っても水なんて出てこないし。水は買うもの。ですね。

そういうわけで普通の大人が生活する分には東京はまだまともですね。

ただ、不安を抱えて過ごすというのはストレスフルであり、インフラ面での停滞というよりは生活不安の方が影響が多いように思う。

特に子供、妊婦、老人・・・もう一発大きな地震が来たら、色々なビルが危ない感じはするので、そこは怖いなあ。

やっぱり風評被害も含めて、心理的な悪影響という方が深刻。

そういう意味での、色々なものが根本から脅かされる恐怖を感じていなかった「地震以前」というのは貴重だったなあと思います。

ちなみにうちの息子は無邪気にポケモンのゲームで遊んでいるので、子供は適応力あるなと、その明るさに感心します。

でも、たぶん、大人が相当ビクビクしてると子供にもそういうのが波及してしまうから、親はしっかりしていないといけないですね。

まあ、心配して、対策を練るのは大人の役割だね。

そういうわけで日本の「日常」を取り戻すことがボクらの仕事ですネ。   Ω
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